【感想・評価・あらすじ】『ライ麦畑の反逆児』サリンジャーの伝記映画 戦争と瞑想そして隠遁

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『ライ麦畑の反逆児』

・日本公開:2019118

・制作国:アメリカ

・監督:ダニー・ストロング

・出演:ニコラス・ホルト ケヴィン・スペイシー

予告
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90

<あらすじ>

 作家になることを決めたJ.D.サリンジャー(ニコラス・ホルト)は、コロンビア大学でウィット・バーネット(ケヴィン・スペイシー)に師事し、小説の書き方を学ぶ。「若者たち」という小説を書き上げ、1940年にストーリー誌に掲載されるも、その後の作品が評価されず出版社から不採用を出され続けてしまう。そんな折、1941年に太平洋戦争が勃発し翌年サリンジャーは従軍し数多の戦場に参加することになる。そこで多くの犠牲や残酷な惨状を目の当たりにしたサリンジャーは精神を病み、神経衰弱で神経科に入院する。PTSDに悩まされ小説が書けなくなってしまったサリンジャーだったが、禅の思想に傾倒し瞑想によって才気を取り戻す。徐々に小説が書けるようになったサリンジャーは「バナナフィッシュにうってつけの日」などの幾つかの短編を完成させ、ニューヨーカー誌との年間契約を結ぶ。小説家として軌道に乗り出したサリンジャーは1951年「ライ麦畑でつかまえて」をリトル・ブラウン社より出版、若者から絶大なる支持を受けたこの小説は大ベストセラーになりサリンジャーは一躍時代の寵児になる。しかし過度の注目を浴び、心を乱されることを嫌ったサリンジャーはニューハンプシャー州コーニッシュに姿を匿すのであった

 彼の死後発表された「サリンジャー 生涯91年の真実」を原作とする、伝説の作家サリンジャーの初の伝記映画。

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<はじめに>

 今年はサリンジャー生誕100周年の年。この映画を中心にサリンジャーの話題が各所で飛び交うことは必須でしょう。

僕は20代の初め頃、約10年前に「ライ麦畑でつかまえて」を村上春樹翻訳で読んでから、サリンジャーの作品が好きになり、今に至るまで何度となく読み返してきました。特に好きな作品は「ナイン・ストーリーズ」という短編集の中に収録されている「バナナフィッシュにうってつけの日」と「笑い男」。大好きなサリンジャーの伝記映画ということもあって、この映画がアメリカで2017年に公開されてから、日本で観れる日を心待ちにしていました。監督はあの傑作「大統領執事の涙」の脚本を書いたダニー・ストロングで、サリンジャー役に近年「マッドマックス 怒りのデスロード」や「シングルマン」などで頭角を現してきたニコラス・ホルトが演じるということで期待値大の状態で観たんですが、軽くその期待を越えてきました。個人的にはサリンジャーの伝記映画としてこれ以上はない出来の傑作だと思います。それでは見どころや感想について語っていきます。

<見どころ>

サリンジャーも普通の若者だった

 サリンジャーはあまりインタビューにも答えることなく、後年は作家を引退し隠遁生活に入ってしまったことで、謎に包まれた作家というイメージがありましたが、今作で描かれる若き日のサリンジャーは失恋をして傷ついたり、父親から作家を諦めて家業を継ぐよう説得されたりと、どこにでもあるような悩みを抱えた普通の若者として描かれているのがとても新鮮で面白かったです。小説も初めから評価されていたわけではなく、落とされては書き落とされては書きを何度も繰り返し、小説家としての腕を磨いていきます。単に天才として描かれておらず、才能を弛まぬ努力や周りのアドバイスで開花させていく姿にとても共感させられました。

 そんなサリンジャーをニコラス・ホルトは見事に体現しております。リズミカルで機知に富んだ話し方はとても楽しく、またPTSDによって精神がおかしくなる演技や、瞑想によって達観していく面がまえなど真に迫るものがあり、実在感を持ってサリンジャーを演じていました。まさに迫真の演技。間違いなく今作は彼の代表作となっていくでしょう。


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■戦争と瞑想が彼に与えたもの

 サリンジャーは「プライベートライアン」で映画にもなった「ノルマンディー上陸作戦」や「ヒュルトゲンの森の戦い」など過酷な戦場を体験し、またナチスの強制収容所の解放に携わり多くの惨状を目の当たりにします。悲惨な情景がトラウマとなり精神を病んでしまったサリンジャーですが、瞑想で悩みや苦悩を「排除」することにより再び小説が書けるようになります。その後ベストセラー作家になったサリンジャーを待っていたのは、世間の注目やファンの迷惑行為。それらを「排除」し、心の平穏を得るため、彼はニューハンプシャー州コーニッシュに移り住みます。やがてサリンジャーは人に作品を読まれるという煩わしさを「排除」するため、作家を引退し長い隠遁生活に入ることとなります。皮肉にも彼を作家引退に至らせたのは、作家生命を救った瞑想による「排除」の考え方です。また彼の精神を破壊し書くということを一時的に奪った戦争は、彼に数多のアイディアを与え彼を伝説の作家にしました。映画を見ていてサリンジャーの魅力はそう言った、皮肉や矛盾を含んだところにあるんだと気づかされました。

隠遁生活に至る感情の動き

 ニューハンプシャー州コーニッシュに移住した後年のサリンジャーは、高さ2mの塀を自宅の周りに立て、周囲から隔絶した状況で2010年に91歳で他界するまで隠遁生活を送ります。今作は青年期から戦争体験を経て隠遁生活に至るまでの感情の動きが繊細に描かれており、「幸せになれるかもしれない」というポジティブな感情で隠遁することを選んだということが伺えました。

 サリンジャーは1965年「ハプワース16,1924年」最後に新作の発表を停止。その後今に至るまで出版が許されているのは「ライ麦畑でつかまえて」と他4編の短編小説のみになっていますが、作品は一人歩きし、1980年にはジョン・レノンを暗殺したチャップマンの愛読書として、翌年にはレーガン暗殺未遂犯の愛読書として再び不名誉な形で脚光を浴びてしまいます。彼は自分が残した作品がいかに巨大な力を持ち、またその呪縛から逃れることはできないということを知っていたのでしょう。

<まとめ>

 今作はサリンジャーの作品をより深く理解するためのガイドライン的な作品としても優れていますし、一人の若者の成長譚としても非常に楽しい作品でした。個人的にサリンジャーが「バナナフィッシュにうってつけの日」を書き上げるシーンがとても感動的で、自身の心の傷を芸術に昇華させた彼の姿に涙しました。サリンジャーの作品では「ピュアである」ということが大きなテーマになっていますが、彼自身が誰よりもピュアな存在ではないでしょうか?

今作は自分のことを語られることを極端に嫌ったサリンジャーも納得するほど、敬意や愛を持って造られた素晴らしい作品だと思いました。

 原作の映画化権を自ら取得し、脚本と監督をしたダニー・ストロング、彼の今後の作品にも注目です。

<蛇足>

 やっぱりケヴィン・スペイシーの演技は凄い。残念な事件を起こしてしまった彼ですがやっぱり映画界に必要な才能だと思いました。急遽降板し、代わりにクリストファー・プラマーが演じることになった「ゲティ家の身代金」ですが、彼のバージョンでも是非観てみたいです。

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原作
 ↓

サリンジャー ――生涯91年の真実
ケネス・スラウェンスキー
晶文社
2013-08-01



関連作
 ↓

大統領の執事の涙 [Blu-ray]
フォレスト・ウィテカー
KADOKAWA / 角川書店
2014-08-15


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