【徹底比較!】映画『ゼロの焦点』1961年版vs2009年版 

みなさんいかがお過ごしでしょうか?
僕は最近、前回もお話ししたと思いますが、松本清張の作品にはまっています。
そのきっかけになった作品は今回取り上げる『ゼロの焦点』なんですけれど、本作は1961年と2009年に2度映画化されているんですね。

このタイミングで両方観てみました。
ざっと1961年版と2009年版のスタッフとキャストをおさらいしましょう!

 

<1961年版スタッフ・キャスト>

公開日:1961319
上映時間:95
<スタッフ>
監督:野村芳太郎
脚本:橋本忍・山田洋次
<キャスト>
鵜原禎子:久我美子
室田佐知子:高千穂ひづる
田沼久子:有馬稲子


 

<2009年版スタッフ・キャスト>

公開日:2009年11月14日
上映時間:132分
<スタッフ>
監督:犬童一心
脚本:犬童一心・中園健司
<キャスト>
鵜原禎子:広末涼子
室田佐知子:中谷美紀
田沼久子:木村多江


■趣旨説明

それで今回は、この1961年版と2009年版の比較を行いたいと思います。
なんでそんなことするかというと、比較することによって、
「上手い脚色がどういうものか?」あるいは
「映画の面白さとは何か?」がわかると思ったからです。(実際は「比較してみたい」って衝動が先にあって、その衝動に理由づけをしただけですが。)

比較は原作のプロットに沿って行いますので、読みながら本作を知らない人でも、大体のあらすじや見どころを掴んでいただけるのではないでしょうか。

ですが、比較をする前に、どういう話かだけ確認しておきたいという人は、
僕がやっているYouTubeであらすじを紹介していますので、よかったらそちらを聞いてから読んでみてください!

  >>YouTube「『ゼロの焦点』のあらすじと見どころを解説!」

あと、ネタバレなしで話しますのでご安心を!
それでは早速やってみましょう!

 

<原作のあらすじ&映画比較>

■失踪まで

①26歳のOL板根禎子は広告代理店に勤める36歳の鵜原憲一と見合い結婚をする。
出張の多い憲一は、月の20日間を石川県の金沢市で過ごし、後の10日を東京で過ごすという生活を送っていたが、結婚を機に東京勤務になる予定だった。

②二人は信州から木曾を巡る新婚旅行に行く。
なぜか憲一は北陸を避けた。また憲一は貞子のことを「君は若くて綺麗だ」「君の唇はやわらかいね」など、誰かと比較しているような言い方をした。

③憲一は仕事の引き継ぎのため石川県金沢市へ旅立つ。
憲一は「12月12日に帰ってくる」と言って出発した。

④禎子は荷物整理の際、憲一の持っていた本に、2枚の写真が挟まっているのに気づく。
1枚は金持ちの家の写真でもう1枚はみすぼらしい民家の写真だった。

⑤約束の12月12日になっても憲一は帰ってこなかった。

はい、ここまでが事件の発端部ですが、それぞれの映画版では…

【1961年版】

①と②のシーンはカットされ、③の憲一が旅立つところから始まります。二人の馴れ初めも渋谷のアパートで禎子と母親の会話の中で分かり、また2枚に謎の写真はこの時、母親と荷物整理をしている際に見つかるので非常に効率が良いです。①や②のシーンはこの先で回想として絶妙のタイミングで出てきます。印象として①〜⑤に行くまで非常にテンポが良いです。


【2009年版】

こちらだとお見合いのシーンや白無垢を着て二人で結婚写真を撮ったりするシーンがあります。原作や1961年版では③の部分に至ってもまだ、お互い他人という雰囲気がありますが、こちらの場合は結構お熱い新婚感があるんですよね。これは禎子に感情移入させるという狙いと、お見合い結婚が一般的ではない現代に合せたアレンジだと思います。

 

■【禎子は金沢へ】

①貞子は憲一捜索のため列車で金沢へ向かう。
金沢では憲一の後任である本多の協力を得て捜索をすることになる。

②憲一の下宿先へ行ってみると、1年半前に下宿を引き払っていたことを知る。
禎子は「夫には他に女がいる」と直感めいたものを禎子は感じる。

③憲一の手がかりを求め、「室田耐火煉瓦株式会社」の室田社長に話を聞きに行く。
室田社長と憲一は家族ぐるみの付き合いだった。

④室田夫人に話しを聞くため室田邸へ行く
その家は憲一が持っていた写真に写っていた豪華な家だった。
佐知子夫人は室田社長に比べだいぶ若く、室田社長の前妻が亡くなった後に結婚した後妻だということがわかる。また夫人は講演会を開いたりする町の名士。

⑤能登の海岸で憲一と背格好が似通った自殺死体が発見される。
禎子は確認をしに行くも、それは憲一ではなかった。

ここまでをそれぞれの映画版ではどう描いているかというと…

 

【1961年版】

ほぼ原作通り、本田と行動を共にし意外な事実が明らかになって行きます。個人的に本田の「奥さん何か思い当たることはありませんか?」という質問で新婚旅行の回想になり、その時感じた違和感を映像で見せてくれる演出はスタイリッシュでとても上手いなと思いました。
また、原作だとここで室田社長と佐知子夫人別々に話を聞くのですが、こちらの場合室田邸で二人から話しを聞くという改編はとても効率が良いです。あと⑤で崖から海を見る禎子のショットが良いですね。事件の真実を暗示しています。

 

【2009年版】

こちらはもうここから原作と大分違うんですよね。まず、②や③のあたりですが、原作や1961年版では本田と行動を共にするのですが、こちらでは基本、本田と別行動を取ります。②の下宿先を引き払っていたという事実は、なんと事前に調べていた本田から聞かされます。効率をよくしたかったのでしょうが、これはマイナス。禎子が事件の謎にはまって行くという感じが薄れるんですよね。
そして、一番赦せないのが、室田社長の性格が大きく違うという点。原作や1961年版では温厚な紳士なのですが、こちらではとても乱暴で気性の荒い男。自分の利益のためなら平気で人を利用し、また女を物のように扱います。レンガで社員を殴る登場シーンは正直引きましたね。本作のフェミニズム的テーマを際立たせるために敢えてこういうキャラ設定にしたのでしょうが、これは話が崩壊するレベルでの失敗です。
あと、佐知子夫人が県知事選挙で女性の立候補者への後援を行なっていたりと、テーマを露骨に出し過ぎ。

 

■【宗太郎・田沼久子登場】

①捜索の手伝いに東京から憲一の兄・宗太郎がやってくる。
宗太郎は憲一の生存に自信を持っている様子だった。

②禎子は一度東京に戻り、憲一の出自を詳しく調べる。
憲一が過去に1年半ばかり立川署の風紀課の巡査をしていたことがわかった。風紀課での主な仕事は米兵相手の売春婦を取り締まること。

③兄・宗太郎が毒殺される。
鶴来の旅館で殺されており死因は青酸カリによる毒殺 。駅周辺での聞き込みによると駅で派手な格好をした女性と一緒だったとのこと。

④再度金沢へ戻り、室田耐火煉瓦に行き、受付で田沼久子を見かける。
田沼久子が外人相手に英語で対応していたが、それは当時の米兵相手の売春婦が使うようなスラングな英語だった。禎子は直感で派手な格好の女性と田沼久子を関連付ける。

⑤田沼久子の身辺を調べる。
田沼久子の家は憲一が所有していた写真のみすぼらしい民家の家だった。
彼女は以前東京で暮らしていたが、5年前にひょっこり戻ってきてとのこと。曽根益三郎という内縁の旦那と暮らしていたが、曽根は崖から投身自殺をしていた。その自殺をした日が、憲一が戻ってくると言った12/12だった。

ここまでをそれぞれの映画版ではどう描いているかというと…


【1961年版】

ここの部分に関しては概ね原作通りだが、④での田沼久子登場は、原作では2回目に室田耐火煉瓦を訪れた時だが、こちらでは1回目に変更しており、この改編も見事。

【2009年版】

ここから、さらに2009年版のボロが出始めます。③の兄が毒殺されるところですが、こちらでは殺害現場をしっかり描いてしまいます。これには2つ問題があって、一つは赤い服を着た犯人を観客に見せてしまっているということ。ここで犯人を見せてしまうと、「だれが犯人なんだ?」という興味が削がれますし、何よりこんな目立つ格好をした女がすぐに捕まらないはずがない。バッチリ目撃もされていてなぜその現場で取り押さえられなかったのか視覚的に疑問が残ります。2つ目は、基本的に原作も1961年版も1人称で描かれており、つまり禎子の視点で真実が明かされる作りなんですが、ここで殺害現場を見せることで、3人称になってしまうんですよね。それにより誰の視点からこの映画を見れば良いのか、観客はこの時点で混乱してしまいます。

あと、田沼久子が外人相手に話している英語が下手すぎる。米兵相手に使うような英語という設定ですが、これは小学生レベルの単純に幼い英語。この辺りは1961年版の方はしっかりしていました。

 

<まとめ>1961年版と2009年版の総評

この後、話は田沼久子が自殺をし、禎子は室田社長を疑う展開になって行きまが、これ以上はネタバレになってしまいますので、ぜひ原作か映画で確認をしてみてください。

では上記踏まえた上で1961年版と2009年版の総評に移りたいと思います!

 

■1961年版の評価

・作品の面白さ:★★★★★
・脚色の巧さ:★★★★★
・原作への忠実さ:★★★★

 まず400ページの原作をわずか95分の劇映画にまとめた手腕が見事。本田の死や、室田社長への嫌疑をカットしたことにより、話の焦点が原作より定まったように思います。また話し運びがスピーディーで見やすい。そして何より1961年版の一番の魅力は原作の弱点を見事に克服した点にあります。原作では禎子の頭の中だけで推理が進み、そして話しが終わってしまうので、「本当に事件の真相はこれであっているのか?」という消化不良感が残るのですが、本作では最後に崖で犯人に自白させているので、事件に隠された真実がわかる作りになっています。ここは本当に見事。禎子の推理を聞いた犯人が「それは違うわ!」と、語り出すところは本当に痺れました。この改編により物語により深みが生まれたように思います。

戦争に翻弄され、運命に抗うことのできなかった女たちの苦悩と哀愁が伝わりました。そして断崖から海を映す最後のショットは圧巻。まさに映画ならでは。結論を言うと1961年版は文句なしの傑作でした。

 

■2009年版の評価

・作品の面白さ:★★☆☆☆
・脚色の巧さ:☆☆☆☆
・原作への忠実さ:☆☆☆☆

 はい、もう皆さんここまで読んでもらってお判りだと思いますが、結論から言うと2009年版はトホホな出来でした。うーん、残念なポイントが多すぎるので、列挙したいと思います。
・原作は1人称なのに、途中から3人称になっている
・貞子の視点で話が進まないのでミステリーの要素が希薄
・フェミニズム的メッセージを伝えたいがあまり作品が崩壊している
・室田社長の人格を変えたのはフェミニズム的テーマを浮き立たせたいためだろうが完全に失敗
・佐知子夫人の視点が多すぎて、2つの映画を無理やり一つにしている感じが否めない
・ナレーションが極端に排されているので、貞子の内面が読めない
・本作は探偵がいるわけではなく、貞子の頭の中で起こる推理だが、ナレーションが少ないので貞子が推理した感が希薄
・禎子が事件の真相に気づく描写は、禎子のナレーションがないため、突如透視能力が発動したように見えてとても滑稽。失礼ですが、ハッとした禎子の表情に笑ってしまった。

もうこの辺にしときます…



お待たせしましたでは勝敗を発表します

 

<1961年版vs2009年版の結果>

勝者【1961年版】

■勝因と敗因

<1961年版の勝因>
原作の弱点を克服した、見事な脚色

<2009年版の敗因>
フェミニズム的メッセージを伝えたいがあまり作品が崩壊した


というのが僕の結論でした。
でもこれはあくまで僕の意見なので、「2009年版」が好きと言う方にはあくまで一つの意見として読んでいただければと思います。僕が絶対に正しいわけではないので、その点悪しからず。

今回、原作を読んだあとで二つの年代の違う映画化作品が見れてよかったです。
製作陣によって大分違った作品なることがわかりましたし、やはり映画はその時代と不可分なのだと言うことがわかりました。

また微妙なニュアンス変化やちょっとした改編によって、違った意味や解釈が生まれてきますので、脚色ってとても重要ですよね。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
松本清張映画化作品を他にも紹介していますので、よかったらそちらもチェックして見てください!


>>『疑惑』についてのあらすじと感想はこちら
>>『砂の器』についてのあらすじと感想はこちら

 

ではまた次回!

※画像出典:IMDb

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